除夜のテキストラーイク祭り


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「フィクション」




 失敗くんが死んだ。


 彼は、よく失敗をするから失敗くんと呼ばれていた。
 いつもいつも、失敗ばかりしていた。


 石につまずいたりだとか。
 財布を落としたりだとか。
 ブレーカーを落としたりだとか。
 待ち合わせ場所を間違えたりだとか。


 人生を踏み外さない程度のものばかりだった。
 だから皆で、失敗くんはいつか失敗で死ぬんじゃないか、なんて言って笑っていた。


 でも、もう笑えない。


 失敗くんは死んでしまったんだ。
 僕の目の前で、死んでいってしまった。


 今でも、脳みそに焼きついている。
 克明に覚えている。
 彼の最期。


 彼は、料理の最中、エビの背わた取りに失敗して、死んでしまった。


 ……。
 ……。


 鍋をしようとしていた。


 いつも行動を共にしているメンバー数人で、協力して準備を進めていた。
 買出しは、失敗くんを車で迎えて全員でいっしょに向かった。
 全員で鍋の材料を選んで、全員で支払いをした。


 そして、下ごしらえ。


 分担は、失敗くんが決めた。
 僕が埃のかぶった鍋を洗っているとき、失敗くんは海鮮物の下処理をしていた。
 彼がこの作業を選んだのは、刃物や火を使うことなく可能だからだろう。
 失敗くんの判断に、全員が納得して、安心していた。


 けれど、状況はもう始まっていたんだ。
 僕らは気付かなかった。


 冷凍ものの白身魚や貝をトレイに並べて、失敗くんは竹串を手に取った。
 生エビの入ったパックを開けて、作業を始めようとする。
 まず殻を剥こうとした。
 生エビに触れた。
 瞬間。
 失敗くんの指先から肘までが、ドロリと溶けた。


 場が静止した。


 わけがわからなかった。
 どうして、人間の腕がそんなに一瞬で溶けてしまうんだと思った。
 原因不明な状況を考えていると、言葉が鳴った。


「アレルギーなんだ」


 それは記憶の声だった。
 以前、回転寿司屋に行ったときの、失敗くんの発言。


 そう、彼は、生エビアレルギーだった。
 火を通したエビは大丈夫なのに、生エビだけはどうしても駄目らしいんだと言っていた。


 健康診断で、情報だけは知っていた。
 でも、まさかここまで生エビを受け付けない体だったなんて知らなかった。
 今回の作業分担を決めたのは、失敗くんだ。
 買物カゴに生エビのパックを入れたのも、失敗くんだ。
 失敗した。
 失敗してしまった。


 高速で進行するアレルギー反応。
 何の対応もできないまま、失敗くんの右腕が溶けてこぼれた。


 全員、何をすればいいのかわからない。
 失敗くんが溶け始めてから十秒も経っていないが、全員が全員、絶望していた。
 僕が泣いていた。
 ティムも泣いていた。


 空気がぐちゃぐちゃに歪んでいる。


 そんな中、失敗くんが吼えた。
 恐怖の感じられる叫びではなく、なぜか勇ましさのある咆哮。
 涙が止まる。


 胴体が半分以上も溶けて、肋骨が見えていた。
 感染源から反対側となる左腕に進行が差し掛かっている。


 失敗くんは、勢いよく左腕を振り下ろした。
 キッチンに当たり、音がひびく。
 キッチンの上に乗っていた竹串と生エビが、大きく跳ね上がる。


 濡れながら形の残った右腕の骨を、胴体の操作によって、鞭のようにしならせた。
 竹串を弾きながら進んだ右腕の先端は、生エビの背に命中する。
 生エビが裂けて、違った水音が鳴る。
 飛ぶ。
 壁にぶつかる。


 生エビに触れたことでアレルギー反応は速度を増し、一瞬後には、失敗くんの左腕が失われた。
 全身の肉が、さらに高速で液状化していく。
 骨も、すこし遅れて固体でなくなる。


 失敗くんだった液体が、落下や浸食までもが超高速となって、床の底へと、失敗くんが、失敗くんの形を残さずに、透けるように、しみ込んでいく。


 消えていく。
 消える。
 消え
 え
 消えた。


 部屋に残った僕らは、誰一人として動かずに、呟くことすらもできないでいた。
 呆然と、床に残った竹串を見つめている。


 竹串は、偶然にも、文字のような形をとっていた。


 彼が残したメッセージのように見える。


「最後の最後まで迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。
 僕は、遠いところに旅立ちます。
 どこだろうね。
 天国かな。
 地獄かな。
 まだ僕には判らないけど(死後、天国や地獄に行くのが本当かどうかもわかりません)、ただ、これだけははっきりと言えます。
 こんな、間抜けで生エビアレルギー体質の僕に構ってくれて、みんな、ありがとう。
 ごめんなさい」


 漢字とひらがなで正確に形作られたその文章は、周囲の瞳をふたたび涙で満たした。
 やはり、この文章は偶然の産物だ。


 失敗くんは、完全にどこにも無くなってしまった。
 失敗くんは、いない。
 いないんだ。


 口調の定まらない涙声が、一帯を埋め尽くす。
 僕以外が、泣いていた。


 いつからだろう。
 壁際に落ちた生エビを見ていた。
 殻が破れて、中途半端に背わたが飛び出している。
 埃まみれだ。


 ああ。


 僕は、微笑んでいた。
 しばらくして全員が気付くまで、一言も話さず、じっと静かに微笑んで……、でも結局泣いた。






著者:「no banner」 Gabb--

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