除夜のテキストラーイク祭り


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「考えることを辞めるをどごになる」




今、12月18日(火)だ。
しかも22:17だ。
風林火山も終わってしまったし、いよいよ年の瀬だ。
しかし、やらねばならないことがここにある。
年賀状もやらねばならないのだが、それよりも厄介なものがここにある。
そう、「除夜のテキストストラーイク祭り」とかいうイベントだ。
是非に!といわれて受けたものの、もともと私はフォトブロガー。
いったい何を書けばよいのだろう。
何も決まらぬまま締め切りばかりが迫る。
いったい私の個性とは何、今年得たものとは何か。
考えれば考えるほど、すごく得たような、結局得てないようなそんな気がしてくる。
一年が短いような、でも思い返すとやっぱり一年はあったなぁといったそんな感じだ。
人は赤子のころは何も得ようとしないでも知らず知らずのうちに
さまざまなものを獲得してきた。
私は、記憶とするということが苦手だ。
とってもの苦手だ。
なぜならば、記憶しようとすると、
記憶しようという言葉が頭にぐるぐる回り、何も頭に入ってこず
そして入ってこないことに緊張して、さらに何も入ってこず
さらにそもそも記憶するとはどうすることなのかという根本原因まで考えるに及んでしまうのである。
結局何も覚えることなく終わることが多い。
逆に言えば、覚えようとしていないときの方が簡単に記憶されていく。
知らず知らずに。


ある絵本作家が言った。
「大人の部分を捨てる」と。


「考えることを捨てる」
私が言った。
今言った。


なんて名言だろう。
人間は考える葦であるなんていった某ある方に相反する考え。
あぁ私はひょっとしてすごいことを言っているのではないだろうか。
あぁ私は私が怖い。


この文章すら一度も訂正せず思うがままに書き綴っている。
これが考えないということか。
あぁ私はどこへいってしまうのだろう。
オチってなんだろう。
オチなんて必要あるのだろうか。
オチという地平線は盆地の我が町では永久に見えない気がする。
いや考えた時点で負けである。






「何話そう、考えた時点で負け」


これは初対面の人たちとか、をんにゃの方々に会うときに考えた
なにを隠そう私の言葉である。


何は話そうかなぁと思うこと時点で始皇帝氏、いや思考停止なのである。
おろかな私は、「何話そう」ということを考えた時点で
「何話そう」という言葉を考え始めるのである。
「何話そう」の内容にはいかないで
「何話そう」という言葉を頭で繰り返してしまうのである。


だから何も考えず話すことが肝心なのである。
つまり、脳の奥で発生した言葉をダイレクトに声帯に伝達し発声させることが大事なのである。




人には二種類あると思っている。
考え抜く方が良い結果を招くタイプ
考えずにあるがままを発揮したほうが良い結果を招くタイプ。


いままで生きてきて私は後者だとようやくうすぼんやり見えてきた。
これが今年得たことといえば得たことのような気がする。




しかし、頭の中で同じことを繰り返すとどんどん意味が分からなくなる。
人は繰り返すことによって記憶を深くし、慣れていくという。
私はそんな慣れなんかに溺れない。


いつも新鮮な気持ちで、おろしたてのパンツのような気持ちで毎日を過ごしたい。


今年の目標はあれだ。


「ゆ」だ。


「ゆ」を108回書いてみても途中から「中」に見えたり、
あれ「ゆ」ってどんな字だっけ?
そもそも「ゆ」ってひらがなあったっけ?
みたいにならないような
そんな強靭な精神力を持ちたい。
常にフレッシュで絞りたててほかほかな気持ちでいたいのだ。




私は2008こと平成20年は考えるのを辞める。
思考は邪魔だ。
考えるのを辞めた男。
いや、
考えるのを辞めた漢。
いや、
考えるのを辞めたをどごに私は・・・なる!






それが私の2007最後の言葉だ!
分かったか!こんにゃろ!






終わり。(22:51)







著者:「ウナムのまなざし」ロムスカ・パロ・ウル・ウナム

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